幸せのオムライス

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 静かな店内に流れるボサノバのBGM。窓から見えるのは街を斜線で白く曇らせる激しい雨。カウンターに肘を突き重い顔を支えながら俺は大きなあくびを零した。 「このぶんじゃ今日はもう無理かもなぁ」  向かい側に見える薬屋もその隣の花屋ももう既にシャッターが下り、下町の商店街は皆、この洋食屋同様静まり返っている。いつもはそこそこに賑わう表通りも今は虚しくオレンジの街灯が灯るだけ。外を歩く人はいない。  今日は朝から台風の接近で雨が降っていたが、どうやら警報が出たようだ。昼過ぎに近所の小学生たちが店の前をゾロゾロ傘をさして歩いているのを見た。大人も子供も台風に備え、家の中へこもってしまったらしい。  今日は金曜日、せっかくの週末も天気は思わしくないと天気予報で言っていた。台風が二つ発生していて、今近づきつつある台風が通り過ぎても青空は拝めなそうにないとお天気アナウンサーが嘆いていたのを思い出す。この商店街で喜んでいるのはコインランドリーを二つ経営している田中さんくらいだろう。  ランチを食べに来たお客も二人きりだったしなぁ。  スツールから降り、カウンターの中へ入って冷蔵庫を開ける。タッパーに入ったティラミスは右隅が少し欠けているだけ。 「夕飯はティラミスか……」  ガックリ首を落とし冷蔵庫を閉めた。もう今夜は集客を望めそうにない。潔く諦めるかと紺色のエプロンを脱ぎカウンターへグシャッと置いた。腕まくりしたシャツを伸ばしていると、カランカランと重そうなドアベルが鳴る。  予想外の音に振り返ると、ドアの前にはスーツを着た男が立っていた。全身ずぶ濡れでスーツの元の色が分からないほど水を吸っている。まるでスーツのまま滝行をしたかのような濡れネズミっぷり。水滴のついた眼鏡は真っ白に曇り前もよく見えてないんじゃないかな?   その曇った眼鏡のまま、サラリーマンはこちらを見た。 「あの……やってますか?」 「あ……えぇ。どうぞどうぞ」
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