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――その老人の眼は、まるで、夢を見ているような虚ろさがあった。
(齢三十後半、と聞いていたが)
自身の眼か、それともデータの誤りか。
だが、政府により管理されている自分のナノマシンが、そんな過ちを犯すとは想えない。
管理官の眼球に映る電子プロフィールには、眼の前の老人が『久世正人(くぜまさと)』であると、確かに記されている。
(線の細い、生真面目そうな青年だが)
脳に送り込まれる正人のデータは、若かりし日のもの。
若き開拓飛行士。宇宙に散らばる未開拓の地を求め、危険な亜空間ワープを繰り返し、星々を渡る存在。
彼の容姿はその職業らしい、硬質で無感情なものを感じさせた。
しかし眼の前に座る老人は、政府に残された写真や客観的データと、印象は異なっている。
「俺の顔が、そんなにおかしいかい」
眼の前の男が、口を開く。視認や声の妨げにならない透過ウォールは、彼の姿を鮮明に映している。
「不思議なだけだよ。政府の大義を受けたはずの君が、それから逃れ、あまつさえ犯罪者として拘束されていることをね」
管理官はやや大仰な仕草で、正人が犯した罪を読み上げるように話す。
対して正人は、鼻を鳴らし、吐き捨てるように言った。
「無くてもいい命を、宇宙に捨てているだけだろうが」
その言葉に、管理官はなにも言い返さない。
――政府の外宇宙計画にそうした側面があるのも、事実だからだ。
開拓飛行士達には、ある条件がある。
彼らは全て孤児であり、国の保護による借金を背負っているといる。
つまり、それを返済するためには、命をかけた仕事をしなければならない。
しかし、地球の人口は、すでに飽和気味だ。
ならば……宇宙の開拓という危険な作業へ、旅だってもらうほかはない。
「君はいつ、この星へ戻ってきた」
いや、と自身の言葉を打ち消し、管理官は続けた。
「違うな。……どうして、生きている」
その疑問は、管理官へと映し出されるプロフィールから、導かれたものだ。
『久世正人 - 開拓先の惑星にて死亡』。
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