1人が本棚に入れています
本棚に追加
※※※
「あんたなら、知ってるはずだな。開拓者達に植え付けられた、暗示のことを」
管理官の無言は、正人の言葉を肯定している。
――開拓者。
広大な宇宙を、コールドスリープを繰り返しながら、さまよい続けてデータを収集する者達。
地球に戻ったとしても、過ごす時間感覚や社会との断絶が、開拓者の精神へ多大な影響を及ぼす。
孤独、錯乱、齟齬。自分の信じれるものは、政府によって記録されている、個体識別コードだけ。
それゆえに、政府は開拓者達へ、ある手術を行っている。――精神的な暗示と、去勢だ。
(その心理的なロックが外れることは、珍しいものでもないが)
暗示が溶けた際は、本来の意思と、後付けの使命が混ざり合い、苦痛を感じるという。
しかし、眼の前の男からは、それを感じない。
「俺も、その一人だった。思考も感情も、狭められていたよ」
正人は、そんな現実を自覚しながらも、宇宙をさまよい続けるしかなかった。
「……身体と意識が、離れているような。わかるか? そんな、俺達の気分が」
言うなればそれは、ずっと夢を見続けているような、もどかしいものだと語る。
「夢の中で、俺は、願っていたよ。こんな俺達が、平和に過ごせるような、そんな時代が来ないかって」
いつか地球に戻った時、自分達のような孤児がいない社会を作りたいと、正人は夢想していた。
が、脳の大部分は亜空間ドライブと開拓調査の知識だけが詰め込まれており、それ以外のことを考えると頭痛と変調が起こる。長時間、それを意識し続ければ、肉体も異常をきたす。
それでも正人は、心のどこかに、その想いをずっと抱いていた。
「……実現できないと、ずっと、想っていた」
「当然だな。今は――そういう、時代だ」
地球全土が統一され、人種のるつぼを解消すべき、あらゆる合理化の果てにたどり着いた社会。
開拓者は、政府により管理される、ちっぽけな命だ。
――たかが一人の開拓者に、なにができるはずもない。
「だけど……できたんだ。知っているだろう?」
うかがうような正人の言葉に、管理官は無言の肯定をする。
――眼の前の男は、今、別の名前を名乗っている。
――『蝶野真人』。スラム街と都市部にパイプを持つ、裏の権力者。
最初のコメントを投稿しよう!