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公式には、痴情のもつれによる殺人であるとされている。
(だが、その女には……羽があった)
管理官も見た、女の姿。
それは、驚くほど地球人に似ながら、しかし――。
「蝶のように、飛んでいたんだ」
管理官の言葉に、正人は夢見るような視線をまた浮かべ、口を開く。
穏やかで、力を抜いた、その微笑み。
それはどこか、少年のような無邪気さすら感じさせる。
「何度も、何度も、眠ることと調査を繰り返した。地球にデータを送り、戻っては分析され、また飛ばされる日々」
正人が語るのは、開拓者としての日常。
「自由に、穏やかに、暮らせる世界。虚ろな日々の中で、それを夢見ていた時に……俺は、出会ったんだ」
――それは、ある未開の惑星でのこと。
その出会いと衝撃を、正人は、眼を見開いて語る。
「未知の植物をくぐり、緑の池を抜けた先で……僕は、彼女に。ムラサキに、出会ったんだ」
両の手を見つめながら、当時のことを想い出しているのか。
恍惚とした瞳を浮かべ、正人は、手を震わせる。
「蝶の羽をつけ、緑の巨大な植物地帯を舞う、彼女の姿。……僕は、危険という意識すら飛ばされ、彼女に近づいていた」
彼の語りと瞳は、まるでなにかに魅入られてしまったかのようにも見える。
――実際、そうなのかもしれない。
(個体識別名、『バタフライ』。その力は、本物のようだ)
正人の手で殺された女は、政府の手によって回収された。
いや、それは女ではない。地球人ですら、ない。
――正人に力を与え、彼を支え続けた、蝶のような羽を持つ異星の生命体。
「最初は警戒したけれど……次第に僕は、その仕草や匂いに、惹かれていった」
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