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「地球への密航や、見知らぬ土地での餓え。全てを失った俺は、今までには考えもしなかった方法や知恵を使って、スラム街を渡り歩いた」
何度も死にかけたり、絶望を味わったこともあったという。
「それでも、ムラサキは……俺と一緒にいてくれた。夢を何度も聞いてくれ、肌を温めてくれた」
バタフライは、夢を語る限り、生きる力に満ちあふれている限り、正人の後ろをずっと追ってきた。
「諦めなかった俺達は――あの街の一角に、自分達の城を作ることが、できたんだ」
「……まさしく、夢の結実、だな」
男の話は、よくできた虚構の物語に想えた。
称えるでもない、しかし、一笑するでもない、管理官の感想。
その一言から、正人の様子は、また不安定になる。
「……だが、その頃からだ。ムラサキの様子が、おかしくなり始めたのは」
時折姿の見えなくなることが、それまでにもあったのだという。
しかし、その頻度は次第に増えていき、何度もその理由を問いただした。
「ムラサキは、話せない。でも、噂は駆け巡っていた。……夢を見させる天使が、夜の街に現れると」
調査を開始した正人は、夜の街で、その姿を見つけた。
――違う人間と肌を重ね、喜びの笑顔を浮かべる、ムラサキの姿を。
「わかっていたよ。俺が、餌であると。……でも、納得できるはずが、ないだろう?」
正人の声の苦みは、その姿にふさわしい、鈍いものに変わっていく。
そうしたムラサキの行為は、一人、また一人と、あらたな力の解放者を増やしていったという。それは、正人の腹心であったり、彼に救われた貧者だったりと、多様だった。
バタフライは、貪欲だった。かつての正人を、求めたように。
事態に気づいた時には、もう、遅かった。
正人の街には、彼と同じ眼をした者達が、溢れかえっていた。
バタフライの手によって――街全体が、解放されたいという夢を、強く発し始めていた。
"バタフライを渡せ"
"彼女はお前だけの者じゃない"
騒ぎ出す民衆の姿に、正人は、苛立ちと驚きを感じていた。
(誰のために、こんな場所を造ったと想っている……!)
こんな騒ぎになれば、今までに積み上げた、自分と彼女の安寧が――。
(……安寧?)
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