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彼女との幸せを願った正人は、今更に、その言葉に疑問を感じた。
はたして、その時を願い続けたのは、互いであったのだろうかと。
「――裏切ったのか。俺は、ムラサキにそう問いただした」
正人は、女が与えてくれた力で、夢を叶えようとした。
「だが、ムラサキは何も語らなかった。今までと、同じように」
語らない女の視線の先を、ようやく、正人は気づいた。
注意力が衰えたのか、忙しさにかまけて、気づくことができなかったのか。
ムラサキと呼ばれる女の視線は、もう、正人の方を向いていなかった。
「……俺の後ろに映る、立体映像へ向けて、笑いかけていた」
苦悶の表情を浮かべる正人。
その時、何度も正人は叫んだという。ムラサキと名付けた、バタフライの名を。身を切るような、切なる願いを込めて。
そんな正人に、女は、一瞬だけ眼を向けた。――細くすぼめた、冷たく鋭い目線を。
「枯れた手も、心も、想いがあれば……って、想っていたのに」
そう願う正人の前で、女は羽を広げ、満面の笑みを浮かべた。
立体映像の中に踏み込み、まるで、賞賛される神のような立ち位置で。
自身が温もりを与え、バタフライの力を求めて群がる者達を、見つめながら。
「――わかるか。未開の地で、夢を手に入れたと想ったのに。そのために、ずっと一緒に歩いてきたのだと、俺はそう想っていたのに」
正人は、もう耐えられなかった。
立体映像の中へと踏みこみ、変わらない彼女の手を、逃がさないようにつかんだ。
しかし、それを女は、つまらなさそうに見つめたという。
「……俺の手は、もう、彼女の関心ですらなかった」
自分の手を見つめ、そう呟く正人。管理官もまた、その手を見つめる。
しわがれた、齢に似合わない、衰えた手。
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