サクラサク

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サクラサク

 北海道の片田舎にある、あたしの通う高校が急に進学志向に転じたのは、ちょうどあたしが入学した年かららしい。それまで、進学するよりも地元で適当な会社に就職するか、役場に入るか、町外れに広大な駐屯地を持つ自衛隊に入るか…という選択肢の方がメジャーだったのに、あたしの入学した年から、二年に進級後に進学クラスが編成されるようになったのだ。  隣町の進学校に通うのが経済的に厳しく、半ば大学進学を諦め、適当に専門学校にでも入ろうと思っていたあたしを、当時の担任は進学クラスに振り分けた。なまじ、もともとのレベルが低い高校だから、あたしは入学後初めての校内テストで、それなりにいい点数を取ってしまっていた。  とんでもなくレベルの低い高校から、この国の最高峰の大学へ進学する…という漫画が流行ったことがあったけれど、あたしの高校の教師はみな、その漫画に心酔していた。夏休みや冬休みといった長期休暇になれば、携帯の電波も届かない、あたしたちが住んでいるよりもよっぽど田舎の街にある合宿研修施設に連れ込まれて、二泊三日でみっちりと受験勉強を強制されるようなこともあった。  高校二年の冬の夜、眠りに就こうとしている時に、あたしは急に、猛烈な胸の痛みに襲われた。大人しく横になって寝ていれば治るだろう…と思っていたのに、胸の痛みは鎮まるどころか、どんどん強くなってゆく。やがて痛みで起き上がることすらできなくなって、隣の部屋で寝ている父親に、大声で「お父さん、助けて」と叫んだほどだった。夜間救急で受診した病院では「神経痛だね。受験生に多い症状だよ」と医者に言われて、なぜあたしがこんな目に遭わなければいけないのかと、自分の部屋で、数年ぶりに、声を上げて泣いた。  三年生に進級し、名実ともに受験生となったあたしは、夏休みも志望校のオープンキャンパスに行った以外、ほぼ勉強に費やした。もともと中学の時は机にかじりつく習慣なんかなかったから、初めは苦労したけれど、何事も慣れが肝心というやつなのだろう。それは、やがて季節が移り変わって、街を粉雪が白く染める冬になっても、あたしのその生活に変化が表れなかったことからも、なんとなくわかる。
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