【10】愛の讃歌

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「ユウさん」 「ん?」 「俺、理容師を目指すことにしました。遅いスタートだし、これから働きながら通信制の学校で勉強して国家試験を受ける形なので、免許が取れるまでにだいぶ時間がかかってしまうと思うんですけど、やってみようと思って」 「そっか、理容師かぁ、ご両親の後を継ぐってことやな」 「はい。店は無くなってしまいましたが、両親が誇りを持ってやっていたことを、俺もやってみたいと思ったんです」 「そうか、…でも、温人、大丈夫なん?」  理容室で働くことになれば、嫌でも火事のことを思い出すことになるだろう。あれほどトラウマに苦しんでいた温人を知っているだけに、ひどく心配になる。 「思い出して辛いこともあると思いますけど、それでも自分に出来ることがあるなら、したほうがいいんじゃないかなって。……きっかけはユウさんだったんです」 「え、オレ?」  「はい。前にユウさんの髪を切らせてもらったときに、ユウさん、言ってくれたでしょう。『結婚式に出る勇気が出た』って。それ聞いたとき、ほんとに嬉しかったんです。これならもしかして俺も、誰かの役に立てるかもしれないって」  温人の言葉を聞いて、勇士郎は同じだな、と思った。自分がすることで、誰かの背中を押したり、元気を出してもらえたりしたら本当に嬉しいし、やって良かったと思えるのは、どの仕事でも一緒なんじゃないかと思う。  なにより温人が自分で恐怖や不安を克服しようとしていることが、勇士郎にはとても嬉しかった。自分が出来ることであれば、どんなことでもやってその夢を支えてあげたいと思う。 「理容師になったあと、ケア理容師っていう制度のことも勉強すれば、お年寄りや介護が必要な人が来店したときに対応出来たり、外出できない人のために、在宅や施設に訪問して施術が出来たりするらしいんです」 「へええ、すごいやん。それって温人にすごいぴったりな気ぃする」
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