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その夜、温人が走りに行くというので、勇士郎は一緒に走らせて欲しいとお願いした。
体力がかなり戻りつつある温人は、最近夜のジョギングを始めたのだ。これは元々の習慣だったらしい。
「いいですけど、……どうしたんですか、急に」
「いやなんか、家にこもってばっかやと、頭も鈍ってくんねん。ちょっとは運動したほうがええかな思て」
「そうですか」
温人は頷いたが、意外に鋭い男のことだから、勇士郎の表情に何かを感じ取っているかもしれない。
それでも温人は、それ以上は何も訊かずに、いつも走っているというコースを、一緒に走らせてくれた。例の公園の外周をぐるっと回るようなコースだ。
勇士郎は何も考えずに黙々と走った。何も考えたくはなかった。
夜になっても湿度が高いので、すぐにTシャツは汗だくになった。温人が時折振り向いて、勇士郎がついて来れているかを確かめてくれる。ペースもきっと、いつもよりずっと緩めてくれているのだろう。
勇士郎は淀みのない走りを見せる温人の、広い背中を見つめた。大きくて、頼りがいのありそうな背中だ。
けれどこの背中も、いつかこの先に温人が出逢う、可愛い彼女や、奥さんのためのものなのだ。
そう思うと勇士郎はまた哀しくなった。
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