【4】ひとつの終わり

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 だが勇士郎は、彼が時折見せるどこか寂しげで陰りのある横顔を見るたびに、もっと繊細で傷つきやすい青年の役などをやらせても光るんじゃないかと常日頃から思っていた。  本人も自分の方向性について何か思うところがあるから、今回の話に売り込みをかけてきたのだろう。このドラマの主役をやることは、彼にとっても、役者としての幅を広げるいい機会なんじゃないかと思えた。  きっとガラリと違うイメージの役に、ファンも彼の新たな魅力を発見するだろう。ギャップというのは時に、人を強く惹きつける大きな要因になるからだ。  ギャップと言えば、温人もなかなか意表を突く性格をしていると思う。  人畜無害のような雰囲気を持ちながら、時折りハッとするほど男くさい表情を見せたりするし、鈍そうに見えて、実はとても鋭い面も持っている。  そういう彼に気付くたびに勇士郎はドキリとするのだが、それは決して不快な動揺ではなかった。    河合に初稿を褒められたのは嬉しかったが、少し気を抜くと、辻野のことを思い出してしまいそうになる。  勇士郎はその悲しみを紛らわせるために、早めに風呂に入り、歌を歌ってごまかした。  風呂で歌うのは、勇士郎のストレス発散方法の一つだ。  よく歌うのは、有名なアメリカ映画の同名主題歌である『THE ROSE』だ。  勇士郎はバンド時代、高音とバラードにも定評があった。ライブハウスでリクエストされて知ったこの曲は、バンドでアレンジして時々歌うことがあり、その都度とても好評だったことを憶えている。  ここは古いマンションだが、風呂とトイレが別なので、ゆったり湯に浸かれるのが気に入っていた。  風呂の中で歌うと、自分の歌が上手く聞こえるのは何故だろう。  勇士郎は寂しさを紛らわすように、そんなことを一生懸命考えた。
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