路地裏の喫茶店

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「ダメじゃないか。こんなところに入って来ちゃ。立入禁止が見えなかったかい?」 その声に、私は我に返った。 ゆっくりと振り返ると、そこにはガラスの筒を持ったキツネ目のマスターがニヤリと笑いながら立っていた。 背後で叫んでいる女性の声を聞きながら、私は殺されると思った。 けれど、キツネ目のマスターは私に何もせず、ビーカーに貯まった綺麗な血をガラスの筒に入れ替えている。 「ようやく貯まりましたか。綺麗でしょ? この血。これに氷を入れて、私が育てた赤い実を絞ると、まるでザクロのような甘酸っぱい飲み物になるんです。この店には、前々から血を好む人が多くて。ただ、時間がかかるのが難点ですね」 そう言いながら、キツネ目のマスターは血でいっぱいになったガラスの筒を手に振り返った。 「それにしても、立入禁止と書いてあるのに、この部屋に入ってしまう。相変わらず、困ったお嬢さんだ。美咲さんは」 キツネ目のマスターは、そう言って私の事を睨むように見下した。 その目に、私は全身の毛が逆立つような恐怖を感じた。 「どうして、私の名前を!?」 「知ってますよ。あなたがクロウを追いかけて、この店にやってきたあの日から、私はあなたを見ていたのですから」 「えっ、うそ……。だって、あのマスターはもっと大きくて……」 「私もあの頃より少し痩せましたからね。あなたがこの店に入って来た時、私はすぐに美咲さんだとわかりましたよ。そうそう。この帽子、明香里さんがくれたんですよ?」 「明香里ちゃん! どうしてあの子の名前まで」 「もちろん知ってますよ。このザクロジュースの原料提供は志願なのです。お金に困った若い子が、自ら望んでここにやってくる。明香里さんもそうだった。ただ、彼女は両親に告げずに来てしまった。捜索願が出ている事を知った彼女は、この店に迷惑かけたくないと言って出て行きました。今どこにいるかは、私は存じ上げませんが」 「人の血を飲むだなんて……。趣味が悪すぎる……」
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