5人が本棚に入れています
本棚に追加
しかし、そこに現れたのは大きな熊さんのようなマスターではなく、痩せた体にうさ耳の変な帽子を被ったキツネ目の男だった。
胸にマスターと書かれたバッジをつけ、何やら熱々の料理を丸盆に乗せていた。
声は似ていたが、まるで別人だった。
私はマスターが変わったのだと、悲しく思った。
キツネ目のマスターは、丸盆に乗せた料理を客の前に置くと、私の方へ近づいて来た。
料理を出された年配のお客は、ガツガツと音を立てて食べ始めた。
「おひとりですか?」
キツネ目のマスターが言った。
「い、いえ……、その……」
「まぁまぁ、席は空いてますから、遠慮なくお座りください」
「私、やっぱり帰ります!」
言い表せないような不安感に襲われ、私は店を出ようとした。
けれど、やはり扉はガチャガチャと音を立てるだけで、開く事はなかった。
「そんな大きな音を立てると、他のお客さんにご迷惑ですよ」
キツネ目のマスターは、細い目をさらに細くした。
それと同時に、店内で寛いでいたお客全員がこちらを向いた。
私は怖くなり、渋々案内された四人掛けテーブルに座った。
「どうしました? 顔色が悪いですね」
キツネ目のマスターは私の顔を覗いて言った。
「お店の、この甘い香りがちょっと苦手で……」
「それは申し訳ない。すぐに換気しますよ。ま、でもすぐに慣れると思います。それで、飲み物は何にしますか?」
「それじゃ、あの……、ミルクティー……って、ありますか?」
「もちろんありますよ。ミルクティーでよろしいですか?」
「……はい」
キツネ目のマスターは、軽く会釈をするとカウンターの奥に姿を消した。
最初のコメントを投稿しよう!