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晴の声は、まさにたった今起きましたという声だった。吐息交じりの声はまるで耳元で囁かれているようで、真澄の背筋がシャキンと伸びる。
『ますみぃ?』
「おはようございます、晴さん。まだ寝てたんですか? もう小学生だって起き出す時間ですよ」
『ねえねえ、知ってた? 僕、大学生。必修じゃない限り1限の講義は極力履修しない系の大学生。それで、どうしたの? ステラになにかあった?』
「いいえ、ステラさんはすこぶる元気です。ああ、あとで写真送りますね」
『ありがと。じゃあ、どうしたの?』
晴は噂について触れる様子も気にする素振りも見せない。もしや、と真澄は察する。
「晴さん、聞きましたか? 俺が、小悪魔でものすごくエロい性悪女に捕まったって噂」
『あー、あれね! 聞いた聞いた!』
晴の弾むような声に、真澄は確信を深める。
『ありえないよねー! 真澄がそんな人に捕まるなんてヘマ、するわけないって。今はステラに夢中なんだしさー』
真澄は一晩かけて作った数日分のタイムスケジュールが、すべて無駄になったことを悟る。パソコンの前に移動して、速やかにデータをゴミ箱に入れた。ゴミ箱の中からも削除する。
『どうせ、鈴井くんが勘違いして吹聴したんでしょ?』
「素晴らしい。大正解です」
『わーい、賞品は?』
「昨日駅前でもらったポケットティッシュです」
『どうもありがとう。すごくいらない』
晴の笑い声が真澄の耳を擽る。一晩の労力は無駄にしたが、まあ良いか、と思えた。
『せっかくだから、その人は金遣いが荒くて1度着た服は2度と着ない主義で、寝た男の数は星の数ほどって付け足しといたよ』
「なにしてくれてんだ」
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