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「晴さんの家で、ステラさんと暮らしてます」
「なんで!?」
「環境変えると、ステラさんのストレスの原因になりますから。ただでさえ、晴さんがいなくて不安でしょうし」
「……つまり、お前は好きな子の家で好きな子の私物やら匂いやらに囲まれて過ごしてると?」
「まあ、そうなりますね」
眩暈を堪えるように、鈴井が額を押さえた。そして今度は口からぽろっとあんこが落ちる。真澄は昨日もらったポケットティッシュを差し出した。
「お前、なんでそんな普通にしてんだよ!」
鈴井がティッシュで口とテーブルを拭いながら、そう言った。
「平気というか、順応しました。もう匂いとか、そんなに気になりませんね。ステラさんがいるので、真新しい畳みたいな匂いしますよ」
「好きなやつの部屋の匂いが畳っぽいってどうなんだ……。おばあちゃんの家感半端ねぇ……」
「良い匂いですよ。あとトイレの電気がやけにオレンジで、入るたびに電子レンジに入れられる食材の気持ちになります」
「もっとあるだろ他に! ほらほら、タンスとか漁るとかよ!」
鈴井は立ち上がって訴えた。真澄は遠くに鈴井の彼女の姿を見つけた。だが彼女は踵を返してしまったため、言わないでおいた。
「まさか。しませんよ、そんなこと」
「好きな子の下着がどんなのか気になんねえの?」
「下着姿の晴さんはともかく、下着そのものは別に。ただの布ですよ。そもそも似たようなものを自分だって履いてますし」
浮きたつ鈴井とは対照的に、真澄の声は天気の話でもするように淡々としていた。
真澄は抹茶あんのどら焼きを食べ終え、こしあんに手を伸ばす。粒あんをもう1つ鈴井に押しやり、残りは紙袋にしまった。体よく粒あんを2つ押し付けられたことに、鈴井は気がつかない。
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