〈8羽〉

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 もっちゃもっちゃ、ステラの小さな口が見たこともないような速さで動いている。それほどバナナに夢中だった。 「戸籍上の親はいるのですが、実の親はとっくにいないんですよ。実母は私を産んで亡くなり、実父は俺が8歳の時に再婚しました。でもその数週間後、父が事故で亡くなったんです。突然8歳の息子を持つことになって、継母はとても苦労したと思います。関係は悪くはありませんでしたよ。良くもなかったですが」  真澄は当時住んでいた小さなアパートを思い出す。  日当たり関係なく、家の中は重い湿った空気で満ちていた。真澄は母親という存在を知らずに8歳まで育ち、継母は赤ん坊を宿すことなく息子を持った。間に入るはずだった父はいない。  2人は父を喪ったという同じ悲しみを持っていたが、分かち合うことはできなかった。わだかまりはないが、透明な壁があった。 「それから11歳の時に、継母が再婚して、生まれ育った家から引っ越しました。新しい父は、平日はよく働き、家にいる時は継母の手伝いをしました。タバコは吸わなくて、酒も嗜む程度。とても良い人だったと思います。それでも、俺を持て余しているのがわかりました」  滔々と語る真澄の指先をステラが舐める。真澄はくすぐったさに目を細めて、2切れ目のバナナを差し出した。 「1年ほどして、弟ができました。顔は継母、髪と耳の形が継父に似ています。どこからどう見ても、3人は家族でした。ですが……」  ねだるステラに、真澄は最後のバナナを渡す。  果肉で湿った手をスウェットで拭い、ステラの背を撫でた。うっすらと浮き出ている背骨を辿りながら、ぽつりとこぼす。 「家族の中に俺の居場所はないんです」
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