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ステラにしか聞こえないような、小さな声だった。言葉にするには辛く、かと言って溜め込むのは耐え難い感情が、真澄の声に籠っている。
「……碌なものじゃない、は言い過ぎですかね。学費の心配をせずに勉強できるのは有り難いことです。感謝しなくてはいけません」
それでも痛みを堪えるように、真澄は目を閉じた。瞼の裏に、詰襟の制服を着た晴の幼い顔を描く。
「今と同じようなことを、中学の時に晴さんに言ったことがありました。誰かに言わずにはいられなかったんです。どうして晴さんだったのかは、わかりません。もしかしたら、聞いてくれそうな人に甘えたかったのかも」
真澄が目を開けると、膝の上のステラと目が合った。ステラの口から、ふんわりとバナナの匂いがした。
「晴さんは泣きました」
真冬の寒い日だった。あの時の晴の身体の芯に沁みるような温もりを、真澄は今も覚えている。
「まあ、こんなヘビーな話されたら、大体の人がそうなりますよね。俺ならドン引きです。晴さんは泣いて泣いて、俺を抱きしめてくれました。特別変わった反応じゃなかったと思います。気の利いたことを言ってくれたわけでもないんです。ですが……」
あの日の優しい体温を思い出し、真澄はステラをそうっと抱きしめた。
ステラは抱きしめるには小さく、温もりを分け合うには心もとない。けれど、鼓動は力強かった。晴を好きなもの同士で同じ気持ちを共有できているような、真澄はそんな気がしていた。育ての親たちとさえ、気持ちを共有することはできなかったのに。
「それで、それだけで、良かったんです。俺のために泣いて抱きしめてくれたのが、嬉しかった」
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