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後ろ脚で伸びあがったステラの鼻先と、真澄の鼻先が触れ合う。細く長いヒゲに頬をくすぐられ、真澄は吐息だけで笑った。
「バナナはもうありませんよ。それとも慰めてくれてるんですか? 大丈夫ですよ。俺はその時、晴さんのことが好きだと自覚したんです。つまり、半分は惚気のようなものですかね。惚気と言っても、恋人ではありませんが」
ステラを抱えて、真澄は横になった。しかしステラが脚をつっばねて嫌がったため、放してやる。少し離れたところで、ステラは毛づくろいを始めた。抱きしめた時のしおらしさは見る影もない。
「ああ、晴さんもそんな感じでしたね。翌日にはけろっとして、普通にしてくれました」
真澄が手を伸ばすと、ステラは毛づくろいをやめた。首を伸ばしてすり寄り、頬を撫でてもらおうとする。この上なくあざといが、悪い気はしない。
ステラの要望通りに、真澄は指を動かした。その代わりのように、口を開く。
「ねえ、ステラさん。晴さんって凄いんですよ。高2の体育祭で、俺、盲腸で倒れたんです。朝から痛かったんですけど、鈴井さんの赤組に負けたくなくてほとんどすべての競技に参加してました。でもリレーの途中で力尽きて倒れたんです」
その時の情景を脳裏に描き、真澄は苦笑いした。
「死ぬほど痛かったです。でも、どうしても棄権はしたくなくて、意地でもゴールしようとしたらね、応援席から晴さんが飛んできました。無理やり棄権させるんじゃなくて、肩を貸してくれました」
晴は周囲の制止を聞き流し、真澄に肩を貸した。薄くひ弱な肩は真澄の重みで震えていて、頼りなかった。それでも真澄の意地を貫き通し、ゴールへと連れて行ってくれた。
2人でゴールテープを切った瞬間、真澄の意識はブツりと途絶える。次に目覚めたのは病院で、すっかり手術を終えた後だった。
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