〈10羽〉

4/7

71人が本棚に入れています
本棚に追加
/88ページ
「負けたく、ないんです」  夏でも涼しい顔をしている真澄が、汗だくでそう言った。顔を引きつらせ、腹を押さえて呻いている。  真澄は体育祭のリレーの途中で倒れた。ただ転んだというよりも、崩れ落ちたという方が正しい。遠目に見ても再び立ち上がるのが難しそうで、晴は応援席を抜け出して走ってきた。 「そんなこと言ってる場合じゃないって! もうすぐ担架が運ばれてくるから、大人しくしてろ!」 晴は立ち上がろうとする真澄の肩に触れた。シャツの上からでもわかるほど肌が熱い。目は虚ろなのに、ゴールを睨んでいる。  晴は真澄と親しいつもりでいた。  真澄は男女問わず友人は多かったが、真澄の家族のことを知っているのは晴だけだった。だから晴は、自分が言えば大人しくなるのではないか、そう思っていた。しかしそんな自惚れを真澄が打ち砕く。 「あれに、負けたく、ないんです」  あれ、というのは鈴井のことだ。 「負けたくない」  晴にはわからない意地が真澄を突き動かしている。貪欲で頑固で厄介で、けれどどうしてか切り捨てることができない。  気が付くと、晴は真澄に肩を貸していた。周りから制止の声が入るが、最後まで肩を貸すと決めた後だった。 「行くよ、真澄」  真澄は欲しいものは必ず手に入れるし、意地は最後まで貫き通す。真澄が欲しがらないものは、それが欲しくないものだからだ。真澄を好きになる人は、自分は報われないな――ゴールまでの間、晴はそんなことを思っていた。 ◆◇◆◇◆
/88ページ

最初のコメントを投稿しよう!

71人が本棚に入れています
本棚に追加