〈10羽〉

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「晴さん」  聞こえた声に、晴は固まった。通話は切れている。しかし、声は聞こえた。すぐ後ろから、聞こえた。  振り向く――。 「真、澄……?」  真澄だった。土手の上に、キャベツ畑を背にした真澄が立っていた。 「な、なんでここに!?」 爽やかな緑の景色に、全体的に黒っぽい真澄は少し浮いていた。堆肥臭い風が2人の間を流れる。 「申し訳ありません。少し郵便物を漁らせていただきました。中は見てません」 「え、いや、ええ……!? ステラは!?」 「今朝早くにご飯をあげてから出発しましたから平気ですよ」  座り込んだままの晴に、真澄は手を差し伸べた。晴が指先だけをちょこんと乗せると、ぐん、と引っ張られた。その手の力強さに、晴は「うわあ!」と叫びだしたくなる。けれど逃げ出したくはならない。  晴は真澄の隣に立って、間近から彼の顔を見上げた。 「あなたに伝えたいことがあって、えっちらおっちら、ここまで来てしまいました」  真澄のペンダコのある節くれだった大きな手は冷たかった。晴は体温を分け与えるように、ぎゅうっと両手で握る。触れた場所がじんじんと熱を持ち、互いの手の中で体温が溶け合う。  こんな風に触れ合うことなんて、滅多にないことだった。まるで身体全部が心臓になったようで、晴は誤魔化すように口を開く。 「話って、電話じゃダメだったわけ?」 「ええ」 「僕が帰るまで待てなかった?」 「ええ」 「僕に伝えたいことって、なに?」  真澄の唇が震える。晴は目が逸らせない。 「晴さん」 のっぺらぼうで、がらんどうの目をしていた真澄はもういない。熱さに、頭の芯がぼうっと霞む。 「あなたが好きです」 〈続〉
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