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「僕ね、たまに真澄がのっぺらぼうに見えてた」
「失礼ですね。目も鼻も口も眉毛もついてますよ。そこまでのっぺり顔でもないでしょう」
「そうじゃなくて。表情とかごっそり抜け落ちてたっていうか」
「表情筋が仕事を放棄してるんです」
「うーん。無表情とは、またちょっと違っててね。でもそういう時に声かけると、のっぺらぼうじゃなくなるんだよ」
要領を得ない感覚的な話に、真澄は首を傾げる。
そして改めて、晴に抱きつかれているこの状態にも困惑した。1度疑問に思うと、坂を転げ落ちるように心臓が速まっていく。けれど心臓がうるさいのは晴も同じで、どっちがどっちだかわからなくなってしまった。
「真澄がのっぺらぼうは嫌でね、だからそういう時に傍にいたいと思ってね、だからね」
真澄の腹に顔を埋めていた晴が顔を上げる。
「お付き合いを前提に、僕と一生を――むぐ」
真澄はむぎゅうっと晴の頭を腹に押し付けて、その続きを阻止した。口だけでなく鼻まで塞がれた晴が、じたじたと暴れる。真澄が腹の晴を引っ張りあげて、ようやく互いに抱きしめあうことができた。抱き合う腕はぎこちない。混ざり合う2人分の鼓動が、まるで共鳴するように大きくなっていく。
「電話のあれはなんです。友達が俺のことが好きだとかなんとか」
「真澄が誰かと一緒にいたいって思えるようになったら力になりたいって、ずっと思ってた。だからどういう子が好きなのかなって」
「やめてください。あれ、随分へこみました」
「残念。それちょっと見たかった」
晴の身体から力が抜けると、釣られるように真澄も肩の力を抜いた。温かいため息混じりに、晴が口を開く。
「僕はいつまでも真澄を見てたいって、できるなら近くにいたいって、1人にしたくないって、そう思うよ。それができるなら友達でも、なんでも良かった。なんだって良かった。真澄が寂しくなければいいって、寂しくないようにしたいって思う」
一際強くぎゅうっと抱きつかれ、真澄は涙が出そうだった。
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