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残された真澄はソファーに腰を下ろしたが、落ち着けないでいた。廊下からは、晴と継母の楽し気な会話が聞こえてくる。
「真澄が勉強好きなのって、お父さんの影響なんですかね」
「そうかもしれないわね。とても頭の良い人だったわ」
「ここだけの話、実は中高と真澄のノートにはすごくお世話になって――」
2人の賑やかな声は次第に遠のき、どこかのドアが閉まると同時に聞こえなくなってしまった。
真澄と継父の間に、沈黙が横たわる。継父は湯呑の緑茶を飲み、口を開いた。
「良い子だね、晴さん。いるだけで、その場がぱっと明るくなる感じがする」
「騒がしくしてすみません。せっかくの休みの日に」
「良いんだ。私は今日、2人に会えるのをすごく楽しみにしていたのだからね」
継父はしみじみと言い、どら焼きの包みをぺりぺりと剥がした。粒あんを美味しそうに食べる顔を見ながら、真澄はここに来てからの驚きの連続を呑み込めないでいる。
「真澄くんと初めて会った日、きみは11歳だったね。正直、私はきみとどう接したら良いかわからなかった。それまで、こどもと接したことはあまりなかったから。きみは、もっと戸惑っただろう」
なにも言わないのもどうかと思い、真澄は「まあ」と曖昧に相槌を打った。
「きみは歳のわりに落ち着いていたというか、達観していた。実のお父さんの思い出もあるだろうし、あまり父親面するのもどうかと思ったんだ」
「……はい」
「年頃になれば、大人の力が必要になるだろう。その時に手を差し伸べてあげられる親でいようと思っていた。だけど、きみは頭も要領も良くて、運動もできて、友達に恵まれて、これといった反抗期がなかったね」
言葉が見つからず、真澄は誤魔化すように緑茶を飲んだ。「はい」とも「ええ」とも相槌が打てない。
真澄はこの家にいる時、なるべく波風をたてないようにいつも気を張っていた。邪魔にならないように、迷惑がかからないように、言葉を選び、息を潜めるように暮らしていた。
継父は沈黙に気を害した風でもなく、話を続ける。
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