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すぐに腰にまくタイプの黒いエプロンを着け、両手に白い皿を指先だけで持ちそれっぽく現れた。
「特別な味噌が手に入ってさぁ、『味噌の冷製スープ』」スッとテーブルに下ろす。
「味噌を洋風に仕上げるのは結構難しいよなぁ──どうぞ」喰ってみろと自信ありげな表情。
スプーンでスープの表面をすくい、音をたてずに一口啜る。──美味しい。
味は濃厚なのだが口当たりは良く、すーっと喉を通る。それでいて風味は口の中に余韻を残していく。具である煮こごりのようなゼラチンも美味で、スープと絶妙に混ざりあい後をひく。
ふたくち、みくちとスプーンを口に上げた時、男がわたしを観ているのに気付いた。
目が、「どうだ旨いだろう」と言っているが、勿論、賞賛の言葉などかけるわけもなく、一瞥だけしてまた啜る。
コース料理の手順で手際よくテーブルに料理が運ばれる。その都度、これは新鮮な肉でなければ出来ないユッケだ。骨の近い希少部位で滅多に味わえないだとか、うんちくを語る。
実際どれも凄く美味しいのだが、さっさと食事を終わらし、この男から解放されたいので黙々と口に運ぶ。
メインのシチューに入った肉が結構なボリュームで、咀嚼するのにも時間がかかる。
正面に座る男が赤ワインで湿らせた口を開いた。
「あの二人がいなければ、今でも君と俺は一緒にいられた。──そうだろ?」
わたしは無言で食事を続ける。
「俺達は愛しあっていたじゃないか」
男の、諭すようなゆっくりとした喋り方が鼻につく。
「愛しあってなんかいない、あんたがいってるだけじゃない 」
「照れるなよ、俺よりお前の全てを知ってる人間なんているか?」
わたしはあきれて返す言葉もなく、黙って料理を口にする。
男はわたしに視線を置いたままナプキンで口元を拭き、静かに立ち上がると、そのままキッチンへと入っていった。
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