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アベルが部屋を出て行った。
人が寝ているときに顔をまじまじと見るなんて、常識が無いのか。
私は扉が閉まったのを合図に重くなった状態を持ち上げる。
熱の籠った頬に手を当て、つい先ほどの事を思い出す為に目を細め脳内の僅かな記憶を探っていく。
――抱っこ。
「はぅっ」
恥ずかしいっ。だけど、アベルの腕の中は暖かかった。今迄に感じたことのない、人の温もり。
やはりあの人と居ると安心してしまう。つい先日まで死に物狂いで生きていたのが嘘のようだ。あの優しい月明りのような微笑みを向けられるだけで――ダメッ!
私はいくら沈めても海面に上がってくる感情を、再度無理やり底に沈め直し、平常心を保つ。
どれだけその感情という名の浮きが大きかろうと、私の底にべっとりと張り付いたヘドロ達と同化してしまえばこっちのものだ。あいつの好きにはさせない。
浮きと共に舞い上がってしまったヘドロに少し気分が落ちてしまうが、もう直ぐ目的地に着くのだ。気を引き締めて行かなければ舐められる。
私は置いてあった枕に顔を埋め、声を上げた。
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