帰る森はない。

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 春は告げても春を売るような安っぽい存在ではないのだがな。  しかしそれも過去の事か。人の世界で生きるにはあのような境遇と屈辱に耐えなくてはならないとは、同じ妖精族として同情を禁じえない。  スレイは溜息を吐くと、再び歩き始めた。  街のそこここで様々な妖精族達が働いているのを見かける。  ビルの掃除婦をしているブラウニー、着ぐるみの振りをして愛想を振りまいているいるコボルトやホビット。  宝の取り合いで古(いにしえ)より因縁深く忌々しいドワーフも、体格や知識を活かせるのが工事現場の下働き等しか無い姿を見ると、さすがにクるものがある。  住処を奪われ無理やり人間との共存を強いられている我等の殆どが、底辺の存在として辛酸を舐めているのだ。  本来なら我々は魔力を持ち、人間など相手にならないはずなのだが、その魔力の源は皮肉にも奪われた自然や、人間からの信仰的尊敬や好意的感情が大部分を占めているため、敬われない今の我々はただの人ならざるものに過ぎないのが現実だったりする。  人ならざる少数派は多数派に虐げられるのが世の常。  昔もたまに単独で人の村に迷い込んだ同胞達が迫害されて帰って来る事はままにあったが、今はその帰る場所も無くただマイノリティとして存在している。     
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