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2014年度『新潮』新人賞最終選考作品です。
股の狭間を覆うナイロンの布切れに、薄い乳白色の分泌物が乾いて引き攣って、申し訳なさそうなしわを作っていた。念のために体を折り曲げて鼻を近づけてみても、薄甘いような匂いしかしない。
六羅(ローラ)は便座に腰掛けたままあからさまな落胆から寝起きのねとつく息を吐いて、しばらく両手のひらの中に顔を埋めていた。吐き出された息がゆっくり重たく沈んでいき、便所の床に澱んでいる一週間分の溜め息の層を厚くした。口の中ではむくんだ舌が太ったナメクジのようにぬたぬたと収まりが悪い。時計を見なくてもちょうど正午過ぎくらいであることが便所の窓から差し込む陽の光の加減でわかる。けれど朝だろうが午だろうがお構いなしに今日もこのまま飯の支度さえせず適当に床の上のクラッカーを数枚かじって済ませ、陽当たりは悪いもののじっとり汗ばんで来る六畳一間で扇風機だけを回し、時折ぬるい麦茶を口に含みただひたすらに待ち続けるもなしのつぶてで気付けば夕方、ようやく暑さが和らいでなんて思っているうちに夜になり虫が鳴き出すので、草の匂いと夜気を嗅ぎがてら国道沿いにコンビニまで歩いて行って眩しさに目を細めながら出来るだけ油っ気の少なそうな乾いたクラッカーを選んで戻ってきて、ミネラル麦茶とハト麦茶のパックを一つずつ水だし用のポットに入れて水を注いでしまうともうやることはなくなって、半裸のまま寝転んで不必要に汗をかいては麦茶を飲んでミネラルを補給し毒素を排出しニキビを予防にもなり、代謝を高めるから待つものを早めるかもしれないハト麦のあのヨクイニン、ヨクイニン、そうしてしょっちゅうトイレと万年床を行き来してはおよそ昼から明け方近くまで摂取と排泄を繰り返しているけれどこれでは檻の中ツキノワグマ、ルームシューズを履いたような足の裏を見せながら乾いたコンクリートの地面をすたすたと行ったり来たりするツキノワグマ以下だ、現時点では見せ物にさえなっていないのだから。
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