第2章 昔

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「これ、血?」 「やべーよ、ここ誰かいるよ!?」  俺は周囲を見回す。 洞窟は一本道。横穴は無く、人が隠れられるスペースは無いように思う。 誰もいないというが、彼は安心しない。 「誰もいないよ」 「はァ!?お前、この音聞こえないのかよ!」  音など聞こえない。自分の息遣いと、渉の声だけだ。 そう告げると、彼は怒ったように先に逃げてしまう。 暗闇に置いていかれてはたまらないと、俺も後を追った。  渉は始業式に来なかった。 その日の夕方、通行人が小学校近くの雑木林で、渉の惨殺体を発見した。 教師は何も言わなかったが、遺体には数十か所刺された跡があったらしい。 俺は廃神社で見たものを言おうとして……止めた。怒られるかもしれない、と思ったのだ。  渉の葬式から三日過ぎた頃、俺の耳に奇妙な音が聞こえ始める。 果物に刃物を突き入れたような、小気味良い音が、時折耳に届くのだ。 最初は気のせいかと思ったが、二日経つと怖くなってきた。渉が言っていたのは、これではないか、と思ったのだ。  俺は母親に相談してみた。 廃神社に行き、渉が妙な音を聞き、それが今自分に聞こえていると。 母は息子が突然狸になったような表情をして、いい加減な事を言うなと窘めた。 父親にも話してみるが、渉が殺害されたのは神社に行った数日後なのだから、お前が気に病む必要はない――何も関係ないと気遣うように言うだけだった。  葬式から一週間過ぎ、俺は38度の高熱を出す。 学校を休み、ゲームをする気にもならない。刺す音はまだ聞こえている。 ベッドの上で寝ている時、インターホンが鳴った。両親から鳴っても出るな、と教えられている俺は居留守を決め込んだ。三度鳴った頃、訪問者は諦めたらしかった。  それから数日後、俺は見知らぬ男に話しかけられた。 長い髪を一つに括った、横に広い中年。お世辞にも清潔とは言えない容姿を見て、俺は逃げ出す。下校中、一人になった時間を狙われてしまった。 俺は大きな声を出そうとしたが、口を大きな手で塞がれてしまう。中年男は俺を軽々と持ち上げ、車に押し込む。住宅地の真ん中だったが、目撃者はいなかったようだ。
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