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第3章 これから
(そろそろ行くか)
俺は果物ナイフを懐にしまい、家を出た。
手を切らないよう、刃は鞘に納めてある。男は市の郊外で俺を降ろした。
あぜ道沿いに佇む朽ちかけた民家に引きずり込まれ、騒いだら刺し殺すと言われた為、俺は言うとおりにした。
悪戯されるのか、めった刺しにされるのか、不吉な想像に震える俺に、男は言う。
「次は君の番だ」
明日か、10年後か、いつでもいい。
一人の命をナイフで奪って、あの洞窟に凶器を捧げろ。
お友達は選ばれなかった。男は申し訳なさそうに頭を下げた。
俺は男に逆らうのが怖かった為、頷いた。
彼は真面目な顔で頷くと、俺の手を引いて車に向かう。
口止め料だったのか、途中、喫茶店に立ち寄り、俺にかき氷をおごると、誘拐場所の近くで解放した。
彼の顔は、それきり見ていない。
攫われた事は誰にも言わなかったし、周囲も気づかなかった。
渉には申し訳ない事をしたと思っているが、波風を立てるのも怖かったのだ。
男の言葉の意味を理解できたのは、中学に上がる頃。
同級生、両親、教師……誰を見ても殺すイメージが浮かんでくる。
成長するにつれて声は強くなり、もう数日で爆発すると危惧した頃、俺は職場を追い出された。
もう少し早く踏ん切りをつけていればな。
あの頃とは違い、今だと死罪になる可能性がある。
だが、不安には思っていない。これは単なる殺人ではなく、運命によるもの。
あのナイフの山は、今まで捧げられた命を悼む慰霊碑なのだ。
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