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「カズト。歩ける?」
グッと左腕を引っ張りあげられた。よいしょ、と言う声が近くに聴こえて、体の左側に誰かがぴったりと寄り添うのがわかった。
「カズトはあんまり飲めなかったんだね。コークハイ、かなり薄めに作ってもらったんだけどな」
歩きたくないんだけれど腰を支えられて無理やり歩かされている。
ここはどこかな。さっきまでお店のなかだったけれど。
「吐きそうなら早めに言ってよ。僕も酔っ払いの面倒を見るなんて久しぶりだから勝手がわからないんだ」
酔っぱらいって俺のこと? だって俺はまだ二十歳になってないし、お酒なんて飲んでない。
ふふっと隣のニンゲンが笑った。掛かる吐息が甘く香る。誰かな。ふわふわ歩く自分の足元を見ていた視線をちょっとあげて、左側に寄り添うニンゲンの顔辺りを見てみた。
「えっと……。誰、ですか……」
「今は見えていないのか。僕だよ。志岐」
あ、志岐さんだった。
でもどうしてこんなに体が重いんだろ。いろんなところに力が入らない。それに志岐さんとなにをしてたんだっけ。
「すごく楽しそうに寿明のことを話していたのに、突然ガクンってテーブルに突っ伏したから慌てたよ」
村瀬さん。そうだ、まだ村瀬さんと志岐さんの関係を訊いてない。
「カズトは寿明の実家で寝泊まりしているんだよね。困ったな。こんな状態の君を連れて帰ったら、若女将に何を言われるか……」
「……しきさんて、むらせさんのもとかれ……?」
舌がもつれてうまく喋れない。俺を抱える志岐さんの歩みが止まった。しばらく志岐さんが黙ったあと、
「そうだ、って言ったらどうする?」
やっぱり……。考えていた通りのいやな返事に動悸が激しくなる。
「……もしかして、しきさんはむらせさんに会いにきたの……?」
俺の問い掛けに答えずに志岐さんが歩きだそうとした。だけど、俺はその場から動けなくなった。
「ほら、早く帰らないと……」
「……しきさん。むらせさんのこと、まだすきなの……?」
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