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 あ、これ鮭だ。ちゃんと焼いた塩鮭をほぐして握ってある。おいしいな、と思った途端に村瀬さんを思い出した。そういえばうちの鮭フレーク、また切らしてたっけ。村瀬さん、買ってきてくれたかな……。  ああ。今、ものすごく村瀬さんの顔が見たい。不意に泣きそうになって、俺は慌てておにぎりと一緒に涙を飲み込んだ。  それが昨日の朝のことなのに、思い出すと不覚にもいまだに涙腺がゆるゆるになる。その場に立ち止まり、竹ほうきを握りしめて俺はチラチラと辺りを窺った。  昨夜は村瀬さんに電話したくて堪らなかった。でも、話をすると勘の良い村瀬さんに志岐さんとのことがバレそうで出来なかった。  ほんとは今すぐ村瀬さんに逢いたい。ぎゅって抱きしめてもらいたい。  今日は宮島の花火大会だ。毎年たくさんの人が宮島や対岸の宮島口周辺に花火を見にやって来る。当然、どの公共交通機関も臨時便を出して大量輸送をする。村瀬さんも毎年のように深夜まで路面電車に乗務するから、ここ数年は花火を見る暇もないって言っていた。  ――今夜、逢いたいっていうのは、いくらなんでも無理だよね……。  やっぱり山内とゴミを拾いながら寂しく花火を見るはめになるのか。  あー、マジでヤバイ。どんどん気分がどん底を更新する。ここは木陰だし、遊歩道には誰もいないし、ボスも今日は匂いを嗅ぎに来てないし。  ……いいかな。泣いても。  足下の石畳を見つめて大きく息をつく。するとすぐに鼻の奥がツンとしてきて、瞼を開いた瞳の表面に水の膜が張った。あ、これは楽勝。まばたきしたらぽろりと涙が……。  ――タッタッタッタッ。 「カズトーッ!」  ドンッ!  急に後ろからどつかれて、膝ががくんと崩れる。転ばないように踏んばった両足に何かが絡みついた。出そうだった涙は引っ込んで、俺は慌ててぶつかってきたものを確認した。小さな子どもがふたり。十中八九、俺にこんなことをするのはミーちゃんとトモくんだ。ふたりとも、従兄弟の家のお泊まりから帰ってきたんだ。
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