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「今日、人が多いんでしょ?」 「ぼちぼち増えてきとるよ。市内からの臨時便からは一杯になるじゃろな」 「そうなんだ。じゃあ花火を見に行くときはすごい人になるかも」 「ミーちゃんらと見に行くんか」 「う、うん。そう」 「そりゃしっかり二人を見とかんとな。あいつら、本当にちょっと目を離した隙に居らんようなるけえ」  うう、心臓が良心の呵責に耐えられない。でも、本当は山内と一緒にゴミ拾いなんて言ったら大変なことになっちゃう。  スマホに向かって申し訳なく思っている俺のことを知らない村瀬さんは、少し弾んだ声で名前を呼んだ。 「カズト。明日は休みなんじゃろ? 今夜は俺がそっちに行くけえ」 「えっ。村瀬さん、終電まで仕事じゃないの?」 「それがな。先週、他の奴が急な用事で休んだけえ、俺が仕事にでたんよ。そしたら今度はそいつが今夜の乗務を代わってくれたんじゃ」 「じゃあ、一緒に花火見れる?」 「それはちと難しいわ。電車の乗務はないけど、宮島口の構内案内には駆り出されるけえ。でも、最終のフェリーで島に渡るよ」  一緒に花火は見れないけれど、今夜会えるなんて思ってもいなかったからすごくうれしい。 「俺、フェリーターミナルまで迎えに行く!」 「そりゃありがたいのう」  さっきまでの気分ドン底から急浮上だ。花火なんかどうでもいいから早く村瀬さんに逢いたいよ。 「あ、でも泊まるところは? もう村瀬さんの元の部屋は、ミーちゃんたちに取られて無いよ」  子供部屋の二段ベッドの下に二人分の布団を敷くスペースは無い。それに、いくらふたりが寝ちゃうと朝までグッスリでも、気になってイチャイチャできない……。 「心配せんでもええ。それに、今夜はちょっとびっくりするところへカズトを連れてったるよ」  ――びっくりするところ?  そのとき、村瀬さんの名前を呼ぶ大きな声が聞こえてきた。これは坂井さんだ。坂井さんは路面電車のベテラン運転士で、小肥りの気のいいおじさんだ。 「呼ばれたけえ、もう切るな。フェリーに乗る前にまた電話する」
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