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最初は友だちと住むと嘘をついていた俺も、母親には後からきちんと事情を話した。でも村瀬さんと恋人同士ということは内緒だ。事故から助けてくれた路面電車の車掌さんと意気投合して、お兄さんのように慕っていると言った。
母親は再婚相手のおじさんの娘、ようは俺の父親違いの妹が産まれたばかりでてんやわんやだったから「迷惑かけないようにね」と深くは追求されなかった。
「ほうか。そんならまあええが。でも、犬猫の仔を面倒みるんとは違うんじゃけえな、寿明」
犬猫って……。
「当たり前じゃろ。わかっとるよ、そんなこと」
途端に村瀬さんの機嫌が悪くなる。なんだか不思議だな。この人たちの前だと村瀬さんの大人の雰囲気が薄れていく。
「ほんでも、いきなりどしたん? この時間じゃ、島に帰れんじゃろ?」
「島には明日の朝、帰るんよ。今夜はお父さんと落語を聞きに行っとったの。今晩はここに泊めてもらうけえって連絡したでしょうがね」
明らかにポカンとした横顔の村瀬さんが、慌ててスマホを取りに行くと画面に指を滑らせて、
「いや。そんな連絡入っとらん」
「嘘よお。お母さん、ちゃんとLINEしたんよ」
すごい。老舗旅館の女将はLINEができるんだ。
「それに明里にも言ったんじゃけど。明里からも連絡なかったん?」
「アカリってだれ?」
こそっと聞いた俺に「姉さん」と村瀬さんが囁いてくれた。村瀬さんに連れられて、寒い夜に実家の旅館を訪ねたときに応対してくれた和服の女の人を思い出した。
おばさんがハンドバッグから可愛らしいスマホを取り出して画面を操作すると、あら、と小首を傾げて、
「あらぁ。わたし、間違うてトシオさんに送っとったわ」
トシオさんって、と聞くと、俺の叔父さん、と返ってきた。
「お母さんはこういうところが、ぽけっとしとるのう」
まあ、ごめんねえ、と目の前の夫婦がなんだかイチャつき始める。それを村瀬さんが呆れたようにため息をつくと、
「どうするん?」
「どうするってどうもせん。今夜はここに泊まる」
なあ、と顔を合わせて頷く父母に村瀬さんが、
「今から宮島口のホテルを取ればええが。大体、今はカズトが部屋を使こうとるけえ、空いとらん」
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