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 急に周囲が静かになった。そして、ひゅるひゅると風を切る音が微かにすると、空が明るくなるのと同時に体全体を震わせる大きな音がいくつも響いた。宮島水中花火大会の始まりだ。丸くて大きな色とりどりの儚い花がいくつも夜空にうち上がって、昼間のように明るく周りを照らす。そのたびに破裂音に負けないほど、ニンゲンたちの歓声が沸き上がった。  俺もしばらくその場で立ち止まって次々と咲く花火を見上げた。こんなに近くで花火を見るのは初めてだ。まだ俺が幼くて、両親の仲が良かった頃に隅田川の花火を見に連れていってもらったらしいけれど、残念ながらまったく憶えていなかった。  俺は山内に合流しようと観客のなかの山内を探した。そう離れていないはずなのに、みんな俺に背中を向けているからなかなか姿を見つけられない。確か、この先のゴミ箱を片付けるって言ってたな。  湿り気のある海風に乗って煙の匂いがした。ニンゲンたちが動き回っていないうちに山内を見つけよう。  二つのゴミ袋を両手に提げて、その場を立ち去ろうとしたときだった。 「カズト。見つけた」  その声は小さな囁きだったのに、花火の音よりも明瞭に俺の耳に飛び込んできた。 「こんなところにいたんだ。そんなものはここに置いて、早くこっちに行こう」  誰の声かを思い出す前に、背後から両手のゴミ袋を奪われた。そして思い出した頃には、俺はそのニンゲンに右手を掴まれて歩き出していた。 「し、志岐さん?」  俺の手を取り、前を歩く志岐さんが少し振り返って笑った。彼はいつもの黒ぶちの伊達眼鏡をしていた。  観客は花火に夢中とは言え、結構な混雑の中を、志岐さんは華麗にニンゲンを避けながら早足で歩く。俺の方がいろんな人にぶつかってしまって、謝りながら訳もわからず必死に彼についていく。 「ま、待って。山内にひとこと言わないと……」 「彼なら浴衣のかわいい女の子たちと仲よく花火を見ていたよ。ここは人が多すぎる。実は穴場を知ってるんだ。そこに連れていってあげる」
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