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「もっと早く花火大会のことを知っていたら、有料観覧席を取ったのにな。さすがに無理だったよ。それなら船でとも思ったけれど、それもチャーター出来なくてね。だからこんなところになっちゃってごめんね」  手渡されたコーラのキャップを外しながら、はあ、と返事をした。ここはどこだろう。花火に照らされて浮かぶのは厳島神社、そして手前にはうっすらと水族館の建物も窺える。  どうやらここは船着き場のようだ。個人のプレジャーボートやヨットで宮島に来るニンゲンが利用するんだろう。満潮の海に向かって長い橋がつき出していて、今ここにいるのは俺と志岐さんだけ。それはそうか。「夜間立ち入り禁止」と書かれた立て札を無視して、閉まっていた腰よりも高いゲートを越えて無断で入ってきたんだから。 「ここもきれいになったな。前に来た時は古い桟橋だったのに。ここはね、寿明が教えてくれたんだ」  志岐さんの口から出てきた村瀬さんの名前にドキッとした。それって、ふたりが付き合っていたときに花火を見に来たってこと……?  少し会場からは遠くなったけれど、穴場と言うだけあってロケーションは抜群だ。視界を邪魔する松の木も無いし、何よりひしめくニンゲンたちがいない。高く上がったものはもちろん、海の上に半円に花開く花火もバッチリと見えた。 「船で見にくる人もいるんですね」  動揺を悟られないように訊ねてみた。 「打ち上げ場所を取り囲むように観覧出来るんだよ。僕も何度か見せてもらったけれど、かなりの迫力だったな。ほら、早川って知ってる? ここで魚屋やってる奴。あいつんちの船に乗せてもらって見に行ったんだ」  俺はこくんと頷いた。村瀬さんだけではなく、村瀬さんの幼馴染みの早川さんのことも志岐さんは知っているんだ。
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