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「もうそろそろ僕も休暇は終わりにしないとね。知られたくない人にここに居ることもばれちゃったから。ああ、大学なら心配しなくてもいいよ。勉強を続けたいなら向こうの学校に編入すればいい。仕事と学業は両立出来るように配慮する。それに……」 「東京になんか行かない」  俺はその場に立ち上がって言った。急に立った俺の行動に志岐さんは驚いたようだけど、すぐに彼の笑った顔が薄闇の中でもハッキリとわかった。 「どうして。こんなチャンスは滅多にないのに」 「別に芸能界とか興味ないです。大体、失顔症の俺には無理です」 「無理かどうかは君が決めることじゃない。君には多くのブレーンがつくんだ。僕も含めて彼らが君を売り出すんだよ」 「いや、ほんとに冗談キツいです。そもそも志岐さんと出会ってそんなに経ってないんですよ? そんな人に勝手に将来決められても困るし、俺は広島から離れる気なんてまったくないですから」 「……それは広島じゃなくて、寿明と離れる気はないってことだよね」  低く響いた声にはっとした。なんだろう。ちょっと雰囲気に厳しいものが混じっている。 「あのさ、どうしてあんな男がいいわけ? 確かに出会って間もないけれど、僕は寿明よりもカズトのことが好きだって自信がある。寿明よりも深く長く君を愛してあげられるんだよ? あんな、いつも正論ばかり解いて人を下に見る男のどこがいいんだか」  まただ。元カレっていうわりには、志岐さんは村瀬さんに対して辛辣だ。一時期はラブラブな時間もあっただろうに、何がこじれて別れちゃったんだろう。それに俺はどうしても二人が好き合っていたなんて信じられない。村瀬さんが、独占したいあまりに彼を地下の座敷牢に閉じ込めたなんてことも。 「カズトは寿明に騙されていることもわからないんだ。かわいそうに」
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