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 志岐さんが一歩、間合いを詰めてきた。そして俺に手を伸ばしてくる。笑いながら近寄る彼が急に怖くなって、咄嗟に後ろへ下がってしまった。 「――カズト」 「志岐さん、俺が好きだなんて嘘でしょ」 「嘘?」 「だって志岐さんは俺じゃなくて別に好きな人がいるんでしょ。ほら、週刊誌に載ってたアイドルとか」  ドドォンと一際大きな音が響いた。反射的に音のほうへ視線を向ける。空には大鳥居や厳島神社だけじゃなく、対岸の宮島口まであらわにするほどの大きな花火が明るく弾けていた。  しゅわしゅわと消えていく花火に目を奪われていたら、急に両方の二の腕に強い圧迫を感じた。しまった。ほんの少し気をとられただけなのに、志岐さんに腕を掴まれてしまっている。  志岐さんは頭を垂れていた。腕に食い込む指の強さに顔をしかめて、やめてほしいと言おうとした時だった。 「……カズトもあんなくだらない記事が本当だと思っているのか」  まるで別人の声色に、掴まれた腕の痛みを忘れた。地を這う声に絡めとられて、海から吹く風も冷たくなった気がする。 「え……あの……」 「あんな三流以下のゴシップ誌に惑わされて……。どうして俺の言うことよりも低俗な妄想記事を信じるんだ」  俺は記事を読んだわけじゃない。あくまでもユウコさんからの又聞きだ。だけど、その熱愛記事の話が志岐さんの逆鱗にふれたことは容易にわかった。  花火大会はフィナーレが近いのか、夜空には絶え間なく大輪の花が咲き乱れている。音と光が完全に支配する中で、ギリギリと二の腕を苛む痛さに涙が出そうになった。 「志岐さん、いたいよ。やめてよ」 「どうして俺を信じてくれない。どうして俺の言葉を疑う。そんなに俺と居るのが不安なのか? こんな仕事をしているから、俺の言うこと全てが虚構だというのか?」
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