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 村瀬さんと別れてしまう……。  いやだ。でも、強く否定したいのに喉が締めつけられて声が出せない。代わりに両目からぼろぼろと涙があふれでた。 「ああ、かわいそうにね」  志岐さんが俺の頬をぐっと拭う。 「安心しなよ。カズトは寿明だけじゃなくて俺も見えるようになった。何だっけ? 『互いの世界が交じりあった』、だったかな? つまり俺がいる限り、カズトはひとりにならないってことだね。いいね。ふたりだけの世界って」  ああ……。  こんなことになるのなら志岐さんと食事に行かなきゃよかった。  明里さんの忠告をちゃんと聞いておけばよかった。  あのとき、怖がらずに村瀬さんに過去のことを教えてもらっておけば、こんなに悲しいことにはならなかったのに……。  えぐえぐとえずく俺の頭を撫でながら、志岐さんは笑っている。でも、涙のせいなのか、見えていた彼の表情が徐々にぼんやりとぼやけてきた。 「僕と一緒に東京に来てくれるね? これから毎日楽しいことばかりだよ。ここでのことなんてすぐに思い出さなくなるさ」  ギュッとまぶたを強く閉じる。俯いて小さくいやいやを繰り返す俺に「泣かせるのはこれが最後だから」と志岐さんは言った。  頭を撫でていた志岐さんの手がするっと右頬に滑り落ちた。同時に左の頬にも手を添えられて柔らかく挟まれる。少し顎をあげられて、これはヤバイと頭の片隅にちょっぴり残った理性が警告音を発した。 「カズト」  甘い囁きが耳に届く。目を閉じていても、志岐さんの顔が近づいて来るのがわかった。このままじゃ、また無理やりキスされてしまう。俺はぐっと唇を噛み締めると、思い切ってまぶたを開けた。  ――っ、えっ!?
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