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 瞳に飛び込んだ志岐さんの顔に、ゾッと背筋が震えた。俺の目に映る志岐さんの表情。それは今まで見ていたニンゲンたちの顔とは違っていた。もちろん、顔の認識できる村瀬さんとも違う。生まれて初めて見たその顔に俺は叫び声をあげそうになった。  笑っているであろう志岐さんの顔――。  だけど俺には、目も鼻も口さえもない、つるんとしたのっぺらぼうに見えていた。 「カズト、どうした?」  のっぺらぼうが俺に語りかける。こんな現象は初めてで膝が震えて立っているのがやっとだ。いや、きっと俺の表情も引きつっていたんだろう。志岐さんが俺の異変に気がついた。 「どうしたの? 泣きすぎて気分が悪くなっちゃった?」  もう、目の前のモノが志岐さんだと認識できない。俺はのっぺらぼうを突き飛ばすと、後ろへ走り出した。だけど、すぐに桟橋の突端に着いてしまって逃げ場を失った。 「カズト」 「いやだ! 来るなっ!」  近寄ってくるのっぺらぼうにじりじりと後ずさる。足元から桟橋に打ちつける波の音が聞こえるほどだ。それでも、近づくのっぺらぼうが心底恐ろしくて、スニーカーの踵が浮くくらいまで桟橋の端に寄った。 「危ないから、こっちに来て。もう君を困らせるようなことはしないから」  口がないのにどこでしゃべっているんだろう。村瀬さん以外のニンゲンは、目や口といったパーツ単位では認識出来ていた。それらがまとまると「顔」として捉えられないけれど、それでもそれぞれのパーツの位置くらいはわかっていた。それなのに急にどうしてわからなくなったんだろう。  パニクる頭で考えても一向に答えは出ない。それどころか、俺はさらに恐ろしい考えに辿り着いてしまった。
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