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「カズトッ!!」  ――あれは……。あの声は、村瀬さんだ! 「村瀬さん!」  叫ぶのと同時に足が前に出た。でも、後ろから腕を取られて俺の体は前のめりにつんのめった。肩ごしに振り向いたら、のっぺらぼうが俺の腕を捕まえている。 「離せよっ、なんなんだよお前はっ」  のっぺらぼうが何かを言っている。キーキー騒ぐ、のっぺらぼうの手を離そうと大暴れした。 「うるさい! 早く離せってばっ。村瀬さん、村瀬さんっ! 助けてっ」  海の上の船に向かって手を伸ばす。俺とのっぺらぼうの攻防を海から見ていた村瀬さんは少しイラつきながらも、 「カズト。大丈夫じゃ。すぐにそっちに行ってやるけえ、おとなしゅう待っとけ」 「村瀬さん……っ」  力強い村瀬さんの台詞に少しずつ俺は気持ちが落ち着いてくる。暴れるのをやめると、のっぺらぼうも手を離してくれた。近づいてくる船には村瀬さんと操舵している早川さんの姿が見える。  村瀬さんが操舵室に向かって何かを伝えると、奥から誰かが姿を現した。そのニンゲンは揺れる船の上をよろよろしながら村瀬さんに近寄っていく。いったい誰なんだろ。俺が知っている雰囲気のニンゲンじゃない。 「あー、ほんまにカズトがおるわ。それになんで先輩も一緒なんじゃ」  排気音に混じって、操舵室から半分体を出した早川さんの呑気な声も聞こえた。  でも、先輩って誰のこと?  俺は思わず上向き加減に振り返る。近くで見上げた志岐さんの顔はのっぺらぼうから元に戻っていた。また彼の顔が見えて不思議に思いつつも、志岐さんが海の一点を見つめて、とても驚いた表情をしていることに気づいた。志岐さんの視線の先には、接岸準備をする村瀬さんたちがいる。しばらくこの光景を見ていた志岐さんが、ふいに小さく呟いた。
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