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「……カズトっ、カズト! しっかりしろ!」  誰かが俺を呼んでいる。この声はとてもよく知っている声。それも一人だけじゃない。複数の声が口々に俺の名前を叫んでいる。とても切羽詰まった声。俺を心配する声。  早く目を開けなくちゃ。ペシペシとほっぺたまで叩かれているみたいだ。ほら、早く。大きく息をして目を開けよう。  ハアッ、と口一杯に空気を吸い込んだ。途端にひゅっと喉が鳴って酷く咳き込んでしまう。 「カズト!」  一斉に呼びかけられてまぶたを開ける。だけどまつげから入ってきた水滴が沁みて、何度もまばたきをした。鼻と喉の奥がやけに塩辛い。ケホケホと咳が止まんなくて息苦しい。  それでも徐々に咳は落ち着いてきて、俺は仰向けに寝転がって大きな呼吸を繰り返した。  激しく咳き込んだから涙がこぼれてくる。でも、おかげで両目のヒリヒリも流されたようで、薄く開けた視界が少しずつはっきりとしてきた。  乳白色の灯りを背に、四人のニンゲンが俺を取り囲んで見下ろしている。みんな、逆光で影になっているからその姿は暗くてわかりにくい。俺はひとりづつに視線を動かしてみた。すると、目の前で驚くことが起こり始める。影になっていたニンゲンたちの顔の輪郭が、影から浮かび上がるようにくっきりと見えてきた。 「よかった。あんまり水も飲んどらんようじゃ。すぐに村瀬が飛び込んで引き上げたけえじゃな」  大きな安堵の声。その声の主に焦点を当てる。そのニンゲンは太い眉にギョロ目、団子鼻に分厚い唇の日に焼けたとっても濃ゆい顔で二カッと笑いかけている。俺はこの雰囲気のニンゲンを知っている。これは早川さんだ。これが早川さんの顔なんだ。  豪快な笑顔のニンゲンが早川さんだと認識したとたん、その顔は影に溶け込んでいった。
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