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「カズトは泳げなかったんだね。ごめん、俺がいらないことをしたばかりに……」
あ、この声は志岐さん。今度は志岐さんを見た。いつも笑っていた志岐さんだけれど、今はとても心配するような、ほっとしたような表情だ。でもやっぱり、そんな表情でもこの人は様になっている。みんなが彼に夢中になるのもわからなくもない。
俺が志岐さんの言葉にこくんと頷くと、志岐さんは少し笑ってくれた。しばらくその笑顔を見上げていたけれど、志岐さんの顔もどんどん陰って見えなくなった。
「カズトくん。誠が迷惑をかけてすまなかった。そして彼を助けてくれて、ありがとう」
今度は聞いたことのない声する。志岐さんの隣で俺を覗き込むその人に視線を向ける。誰かな。志岐さんよりもずいぶん年上みたいだ。銀ぶちの眼鏡をかけたタレ目でちょっと気の弱そうなおじさん。けれど、とても優しそう。でもマコトって誰のこと? それに助けたって何のことだろう。
その疑問を訊いてみたかったけれど、カラカラの口からは簡単に言葉が出てこなくて、そのうちにおじさんの顔も見えなくなってしまった。
これは夢なのかな。今まで見えたことのないニンゲンたちの表情がわかるなんて。それにその意味もちゃんとわかったよ。みんな、俺を心配してた。心配してたってわかるのは教えてもらったから。俺が唯一、表情がわかるヒトと同じ顔をみんながしていたから。
今なら、ほかのみんなの顔がわかるかな。明里さんや大悟さん、ミーちゃんにトモくん、村瀬さんの両親や山内、加藤さんやユウコさんだって。それに父さんや母さんも、俺がちゃんと二人が見えていたら離婚なんてしなかったかな。
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