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***  じゃり、じゃり、と土の坂道を踏みしめる村瀬さんの足音を、俺は大きな背中越しに聞いていた。店じまいをした商店街を抜けて、紅葉谷公園への暗い道を村瀬さんは歩いている。  早川さんの船を下りると、村瀬さんは俺を背中におぶって、そのまま無言で歩き出した。途中、花火大会の会場から島内のホテルや旅館に帰る観光客に混じって、俺を背負って歩く村瀬さんはとても目立っていたと思う。顔が見えなくても多くの視線が俺たちに向けられているのがヒシヒシと感じられた。恥ずかしくて何度も村瀬さんに、ひとりで歩けるって言ったけれど、村瀬さんは黙ったままで俺の訴えをスルーした。  やっぱり怒ってるよね……。  そう思うと何も言えなくなった。それからは俺も黙ったまま、村瀬さんに背負われている。  村瀬さんは疲れた様子もなく、坂道沿いに建つ紅鹿館の新館を素通りすると、奥にある本館へと向かった。本館の玄関に行くのかと思ったら、裏庭へと足を進めて厨房を横切って、裏手の村瀬家の玄関先に着いた。そこでやっと下ろしてもらえると思ったのに、村瀬さんは俺をおぶったままで玄関の扉を開けて、家のなかに声をかけた。 「寿明、それにカズトくんも。どうしたん、びしょ濡れじゃないの」  奥から出てきた明里さんが驚いている。なるべく明里さんに見られないように、村瀬さんの背中に顔を隠した。 「姉さん、お袋居る?」 「今は美乃里(みのり)智輝(ともき)を寝かしつけてくれとるけど。ちょっと待ちんさいよ」
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