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「ふたりが仲良うしてくれとったら、ええわよ。小泉くんは真面目でええ子みたいじゃし、明里も気に入っとったよ」
どんな顔して言われてるのかな。こんなとき、他人の表情が認識できない俺はちょっと切なくなる。それでも、隣の村瀬さんと視線が合うと優しく微笑んでくれたから、多分おばさんも同じ表情なんだろう。
「さてと。お父さんが出たら、わたしもお風呂いただくわ」
おばさんも同じボストンバッグから着替えを取り出していると、ふと手を止めて、
「小泉くん、アルバイトを探しよるの?」
おばさんがさっき村瀬さんが投げ出したアルバイト情報誌を手に取った。
「はい。でもなかなか良いところがなくて」
やだなあ、働いていないってだけで、なんだか少し気が引ける。
「本業は学生じゃけえ、無理するなって言うんじゃが」
「このページを折り曲げてるとこに行きたいん?」
あ、気になるページにドッグイヤーしてたっけ。
「全部、工場とか掃除とか裏方じゃねえ。小泉くんくらいの子はお洒落なカフェで接客とか選ぶんじゃないん?」
「ちょっと人前は苦手で」
ほうね、と呟いたおばさんがしばらくして、
「……週にどれくらい働けるん?」
そのおばさんの言葉に村瀬さんが、はっとした。
「お袋。カズトはダメで」
「なんね、寿明。まだなにも言うとらんでしょう?」
すると、風呂から上がってきたおじさんが、「どうしたんか」と話に割り込んできた。
「小泉くんがアルバイトを探しとるんて。条件が合えば、うちに来てもらおうかと思って」
話の内容がわかって驚いた。おじさんが俺の顔をじっと見ているのがわかる。
「うん、ええんじゃないか」
「ちょっと、親父、お袋も。カズトには接客は無理じゃけ」
「無理かどうかはやってみにゃ、わからん」
「ほうよ。なにも仲居さんと同じことをしてとは言わんよ。宴会の準備とか、ちょっと昼間の来客が少ない時にフロントにおってもらうとか」
「だから、それがカズトにはできんのんじゃ」
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