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ありがとう、と鍵を受け取った村瀬さんが俺を背負ったままで玄関から出ていく。俺は迷わずに歩く村瀬さんの背中から、後ろ髪を引かれる思いで後ろを少し振り返って驚いた。
そこには村瀬家の玄関先で、俺たちに向かって深々とお辞儀をするおばさんと明里さんがいた。その姿は着物を着ていなくても、老舗旅館を長く守ってきた大女将と若女将の風格が漂っている。お辞儀をしたまま離れていくふたりを名残惜しくみていたら、やがてゆっくりとふたりの頭があがった。
「村瀬様、小泉様。――今宵はごゆっくりお過ごしくださいませ」
紅葉谷からそよぐ夜風のなかに、おばさんの凛とした声がはっきりと聴こえたような気がした。
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