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 このままどこまで運ばれるのかと思ったら、村瀬さんの歩みが徐々に遅くなって、やがて止まった。俺は閉じていた瞼を開けてみた。  見えたのは仄かな光と格子の引き扉。艶やかな焦げ茶色の柱が軒先を支える入り口。ここは遊歩道から少し入った、紅鹿館の広い庭の一番外れにある貴賓室『鹿鳴(ろくめい)の間』の玄関先だ。皇族方や国賓クラスのニンゲンしか使ったことがないって、前に仲居頭のタキさんは教えてくれた。そんな部屋の扉を村瀬さんはさっきの鍵で開けている。  カララ、と軽い音がして扉が開いた。すぐに三和土があると思っていたのに、目の前にはまだ前庭が広がっていて、その先に平屋の一軒家があった。何だか普通に家族四人くらいなら住めそうな大きさの家だ。敷き詰められた玉砂利に浮かんでいる飛び石を歩いて、村瀬さんは奥の建屋の玄関扉へと辿り着いた。  同じ鍵を使って解錠すると、暗い屋内へ村瀬さんは入っていく。ちょっと壁の辺りを探ったらすぐに灯りが点いて、眩しくて反射的にまばたきをした。  空中をぶらぶらしている俺の足からスニーカーを脱がせて、ぽいっと放り投げられる。三和土のつやつやの黒い大理石っぽいタイルが、濡れたスニーカーのせいで点々とさらに黒くなった。村瀬さんは自分も靴を脱ぐと、そのまま中へと上がり込んだ。  天井からの灯りに光る廊下に村瀬さんの湿った足跡がついている。 「村瀬さん。床が濡れちゃってるよ。それにもういい加減に下ろしてよ」
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