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 呆れたようしばらく俺を見下ろしていた村瀬さんは、額に当てていた右手で濡れた前髪をかきあげた。オールバックになった村瀬さんの顔にドキンとしていると、今度はその右手を座り込んだ俺の前に差し出す。出された手を掴んで、ヨロヨロと立ち上がった。 「気分は悪うないか」 「大丈夫。それよりも村瀬さんは、やっぱり志岐さんのこと知ってたんだね」 「まあな。そのことはあとからゆっくり教えてやるけえ。それよりも、ここが座敷牢じゃないのはわかるな?」  あ、なんだかその顔、馬鹿にされてる感じ。 「……初めて入ったけれど、ここは鹿鳴の間だよね?」  そうじゃ、と返事をしながら、村瀬さんは俺の濡れたTシャツを脱がし始めた。服くらい自分で脱げるのに上半身を裸にすると、なにかを確認するように視線が這わされる。触れられているわけじゃないのに、皮膚の表面がさわさわして呼吸が浅くなった。 「ケガもなさそうだ。早川からカズトが泳げんって聞いて慌てたよ」  村瀬さんには俺が泳げないことを話してなかったっけ。  ああ、そうだな。俺だって、自分の全てを村瀬さんに教えているわけじゃないから、俺が知らない村瀬さんのことも、まだたくさんあるはずだ。だから志岐さんとの関係だって知らなくて当然だけど、今はどんな些細なことでも知りたいし、知ってもらいたくなった。  安堵の息をついた村瀬さんがやさしく抱きしめてくれた。俺も自然と両手を廻す。貼りつく濡れたシャツが、村瀬さんのしっかりとした背中を形どって、手のひらに感じられた。 「どうして、この部屋に俺を連れてきたの?」  まずは簡単に知りたいことを訪ねた。村瀬さんは俺から体を離すと、肩に両手を置いたままで話してくれた。
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