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――こんこん。
ちょっ、おまえ、やめろよ。
裏口の扉をツノで突かれるの困るんだけど。
――こんこんこん。カチャ。
「カズト、起きとるか?」
……あー、裏庭に入ってくんなって。それに村瀬さんと同じ声でしゃべるなっつーの。
――ゆさゆさゆさ。
「こら、カズト。爆睡すんな。今朝は早く起きんといけんのじゃろうが」
ああもう。鹿のくせに鼻で人を小突くなよ。村瀬さんと同じ声でしゃべるんなら、せめて姿も村瀬さんに化けてみろ。キスの一つもくれたら素直に起きるからさ。
――ちゅ。
ばかっ。おまえ、濡れた鼻でキスすんなっ。
「カズト! ええ加減起きんとバイトに遅刻するで。姉さんに叱られても俺は知らんからな」
――バイト! 遅刻っ!?
急に目が醒めてその場で飛び起きる。うわっ、と驚く声がして至近距離にいた村瀬さんが咄嗟に頭を退いた。
「あぶなっ。おまえ、その急に飛び起きる癖はなんとかならんのんか?」
村瀬さんの呆れた声をよそにベッドの横の目覚まし時計を掴んで、
「ああっ! 七時過ぎてる! どうしてもっと早く起こしてくれなかったの!」
目覚ましは確かに六時にセットしていたはず。
「あのな、時計もうるさいくらいにジャンジャン鳴っとったで? それこそ隣の部屋の俺が飛び起きるくらいに。カズトがまた目覚ましを止めて二度寝したんじゃろ?」
村瀬さんの小言をバックミュージックにばたばたと出かける準備を始める。俺の着替えを部屋の入り口のドアに凭れかかって見ている村瀬さんに、
「だから、同じベッドに寝かせてくれればこんなことないのにぃ」
はいはい、と村瀬さんが苦笑いをして俺の部屋をあとにする。俺はふくれ面のまま、Tシャツとジーンズに着替えると二日分の着替えの入ったボストンバッグを持って部屋を出た。
村瀬さんと一緒に暮らし始めてもうすぐ五か月。最初は生活習慣の違いから些細な諍いもあったけれど、今ではいろいろと共通のルールもできて、俺はなんとか村瀬さんのマンションから放り出されずにすんでいる。
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