524人が本棚に入れています
本棚に追加
/169ページ
昼休憩が終わると午後からは本館の大浴場の掃除だ。よしっ、と気合いを入れて厨房へ食器を下げに行くと、誰かが手招きしているのがわかった。
「小泉くん、スイカ食うか?」
あ、板長の大悟さんだったのか。
「これから風呂掃除じゃろ? 暑いけえ、バテんようにちょっと塩振って食べたらええよ」
「はい、いただきますっ」
他にも何人かの調理場の人たちが談笑しながら休憩している。俺が大皿に盛られたスイカに手を延ばしたときだった。
ピリッ――。
うわ、まただよ……。
微かに肌を刺すピリピリとした空気が俺に向かってくる。それを無視してスイカに塩を振ると、サクッとかぶりついた。
「そういやあ、今日は小泉くんが泊まりで来るけえ、朝から美乃里と智輝が大はしゃぎじゃったわ」
「ええっ。もしかして今夜も無茶振りのヒーローごっこですかね?」
「前にはしゃぎ過ぎて明里にこっぴどく怒られたじゃろ? じゃけん、今夜はせんと思うよ」
大悟さんが落ち着いた声で話しかけてくれる。村瀬さんとは違って、大悟さんはどっしりとした大人の雰囲気がある。口数は少ないけれど、大勢の板場の人たちを取りまとめていて皆からの信頼も厚い。
調理場は男性が多い職場でとても厳しいイメージがある。大悟さんが居るだけでキンと引き締まるような感じがあった。
俺は食べ終わったスイカの皮を大皿に返すと「凄く美味しかったです。ごちそうさま」と笑顔で言った。すると途端に後ろから「チッ」と小さく舌打ちの音が聞こえた。
やだなあ。ここで面倒事に巻き込まれたくはないんだけれど。
「今夜の夕飯は家でチビたちと取ればええよ。早川のところのハモを持っていくけえ」
大悟さんに、はい、と返事をして首にかけたタオルで汗をふく。調理場を出ようと勝手口へと歩き始めたとき、いきなり目の前の床に下駄を履いた足が投げ出されて躓きそうになった。
あぶなっ。
ひょいと投げ出された足を跨いで振り向かずに歩いていくと、今度は大きめの舌打ちの音がする。誰かの「やめとけ、加藤」と諌める声がして、やっぱり加藤さんだったかと思った。
最初のコメントを投稿しよう!