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「海ーっ!」  騒ぐふたりの姿を見て、アッと思い出す。 「明里さん。実は早川さんに牡蠣イカダの様子を見に行こうって誘われたんです。もし良かったらふたりも連れていっていいですか?」  俺がチビッ子たちのお母さんに全部を言う前に、ふたりのテンションが上がった。 「魚屋のおじちゃんの船、乗るっ!」 「カキイカダ見るー!!」  うーん、と明里さんが少し考え込むと、 「まあ初めてじゃないし、早川くんの船なら何度か乗せてもらってるからいいわよ。ちゃんと救命胴衣を着けるんよ、ふたりとも」  きゃーっ、とふたりは雄叫びを上げるとなぜか浮き輪を持っていくと、ドタドタと脱衣場を出ていった。 「ごめんね、カズトくん。ふたりの面倒まで見てもらって」  申し訳なさそうな空気は若女将じゃなくてふたりの子供の母親だ。女将としてこの老舗旅館を背負って立つ明里さんには、普通の母親のようにはふたりに目を配れないんだろう。 「いえ。別に家庭教師料までもらってるし、なんだか俺で良いのかなって」 「なに言っとるん。カズトくん、凄く教えるの上手よ。あの子らもちゃんと勉強するようになったし、とても助かっとるんよ」  またパタパタと小さな足音が響く。もう膨らませてある浮き輪にスッポリと体を通したふたりが「行くでーっ、カズト!」と仲よく口を揃えた。  小学一年生でお姉ちゃんの美乃里(みのり)ちゃんと幼稚園年長組の弟の智輝(ともき)くんは、早川さんの漁船の舳先から立つ白波を覗き込んで歓声を上げている。俺はその様子にふたりが海に落っこちないかとハラハラしていた。 「ミーちゃん、トモくん。頼むからもう少し下がって」 「大丈夫じゃって。コイツら船には慣れとるよ」  確かにそうかもしれないけれど、監督責任のある俺としてはなにかあってからだと遅いから気が気じゃない。 「もし海に落ちても、カズトよりよっぽど上手く島まで泳いで帰るわい」  早川さんの言葉にチビッ子たちがキャハハハと笑った。多分、俺を見て笑ってるんだよな。  ――俺は泳ぎは苦手だ。というか、まったく泳げない。
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