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 なぜ泳げないのかは自分でもわからない。小中学校のプールの授業もなんやかやと理由をつけてサボっていた。  不仲だった両親のせいで家族旅行もしたことないから、当然、海水浴なんてしたこともない。  早川さんが牡蠣の成育具合をチェックする間、そのまま浮き輪を被って海に飛び込みそうなチビッ子たちの首根っこをむんずと掴んで、涼しい風が吹き抜ける瀬戸内の光景を眺めた。  今頃、村瀬さんは宮島線のどの辺を走っているんだろう?  村瀬さんは今年一杯で車掌を辞めて鉄道会社の内勤に替わる。俺としては制服姿の村瀬さんが見られなくなるのは残念だ。でも、本人は到って平気な感じで、今は悔いを残さないように乗務している。  ――路面電車がなかったら、村瀬さんには出会えなかったんだよな。  ちょっとセンチメンタルになっていた時だった。  ピュッ。バシャッ。 「冷たっ! なにするんだよ、ふたりとも」  水鉄砲の海水を思いきり顔面に浴びて我に返った。 「カズトがぼーっとしとるけえよ」 「カズト、寿明おじちゃんのこと、考えとるー」 「なっ!? 違う! 考えてない!」  慌てて否定しても、ふたりに囃し立てられて顔が赤くなってしまう。 「そうじゃ。カズトは今晩独りで寝にゃあいけんけぇ、おまえらが一緒に寝たれぇ」  早川さんも面白そうに言うと、 「カズト。ラブラブー」 「寿明おじちゃんとラブラブー!」  ああ、もう。このチビッ子たちは意味をわかっててからかってるのかなあ。  早川さんが水中から引き揚げた牡蠣の殻を素早く剥いて、ほれ、と差し出してくれる。 「牡蠣って夏も食べられるの?」 「おお、食えるで。本来は冬場が旬じゃけど、品種改良して年中食える牡蠣を作っとるんじゃ。宮島沖は栄養豊富で水質もええけえな。『かき小町』ってブランドになっとるんじゃ」  隣のチビッ子たちは採れたての牡蠣をおいしそうにちゅるんと口に入れた。  こんなに小さい子でも食べられるんだ……。 「えーと、ごめんなさい。実はあんまり得意じゃなくて……」 「なんじゃ。食えんかったんか」 「カキフライなら食べられるようになったんだけど……」
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