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大きく笑うチビッ子たちにちょっと勘弁して欲しいなと思った。何度かふたりと同じ部屋に寝たことがあるけれど、ふたりの寝相は衝撃的に悪いのだ。
夜中に蹴られる殴られるはまだ可愛いほうで、一度、腹の上をゴロゴロと横切られたときはマジで起きてふざけているんだと思ったくらいだ。
「明里さんに訊いてみるよ。もしかしたら今夜から紅鹿館の独身寮を貸してくれるのかもしれないしね」
えー、とふたりが綺麗に口を揃えたときだった。
「きみ、紅鹿館に勤めているの?」
背中のほうから爽やかな声をかけられて振り返る。そこには隣のお茶屋の椅子に腰をかけたニンゲンがいた。
観光に来たのか、足元には小さめのキャリーバッグを置いて白のアンクル丈のパンツの足を優雅に組んで座っている。空色っぽいTシャツの上には薄手の麻のジャケットを羽織って、袖を捲った左腕には高そうなシルバーの時計がキラリと輝いていた。
そのニンゲンはサングラスをかけていて、他のニンゲンたちよりは顔の輪郭が認識しやすい。
「えっと……、はい、バイトですけれど」
少し警戒気味に応えた俺に、そのニンゲンは、
「やっぱりそうか。きみたちの話からそうじゃないかなと思ってたんだ。実はね、僕は今日からしばらく紅鹿館に宿泊するんだ」
――ということは、お客さま?
俺がその人に声をかけようとする前にチビッ子たちが「お客サマ! いらっしゃいませ」「紅鹿館にようこそ!」と舌足らずな口調でご挨拶をした。
「元気なお出迎えだな。もしかして旅館の子?」
「うん! お母さんは若女将! おばあちゃんは女将さん!」
「そうか。じゃあ、将来は大番頭に女将さんだね」
面白そうに言ったその人に、普段おっとりしているトモくんが急に大きな声を張り上げた。
「ちがーう! トモくんは『しゃしょおさん』になる!」
ん? それって……?
「トモくんは寿明おじちゃんみたいなしゃしょおさんになる! そんで、カズトを『およめさん』にするーっ」
……はい?
「お客サマが来たの、先に帰っておかあさんに言っとくーっ」
ふたりのチビッ子が手を繋いで走り出した。
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